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2016.8.7

ギャラリーasakusaでトーマス・ヒルシュホルン、サンティエゴ・シエラ「敵対と融和」を見に行った。上野から浅草方面に歩き、西浅草の小さな飲食店が固まった一区画、こんなところにギャラリーがあるのかと戸惑っていたら、小さなキジトラのネコが一匹裏から出てきて、ついて来いと案内してくれた。

入るとまず、ヒルシュホルンがドゥルーズスピノザグラムシバタイユについて書いたダイアグラム(4つの概念と対応する形で左下から時計回りにドゥルーズスピノザグラムシバタイユが配されていたのだが肝心の概念が何だったのか忘れてしまった)とそれぞれの本が置かれており、部屋の中央左手のパソコンにはyoutubeの画面が、右手モニターにはヒルシュホルンが批評家からインタビューを受ける映像が流れている。この映像の訳が紙に印刷されている。女性が〈不安定性〉という概念についてヒルシュホルンに聞いている。ドゥルーズ・モニュメントは彼にとって最も〈不安定性〉の高い作品であった。地域住民とともにつくったモニュメントは展示の会期期間中に撤去されてしまった。彼女はそれを観ることができなかったが、それについて書くことをあなたはどう思うか?というような問い。ヒルシュホルンは、もちろんいいよとあっさりしている。スピノザ・モニュメントはアムステルダムの売春地域(ここは世界で最もオープンに売春が行われている地域である。「商品」である女性(とは限らないのか?)がガラスのショーケースの中から歩行者たちを誘っている)の目の前につくった。ヒルシュホルンによれば、なぜモニュメントなのかというと、モニュメントとは故人を祀る祭壇であり、哲学者を人として、男として愛するのが重要らしい(「私はドゥルーズを一人の男として愛しています」)。愛される哲学者。おもしろいのはそれがモニュメントだと言いながら、明らかにモニュメンタルな要素が感じられず(バタイユ・モニュメントの張り巡らされた電球など変な祝祭感はあるが)、それらは「情報センター」のようなものになっていて、写真を見る限り地域住民が好き勝手にそこを訪れている。

この「情報センター」の感覚は本展示にも踏襲されている。そこにはプロジェクトのドローイング、本、映像などのアーカイブ、ネットに繋がったパソコンが置いてあり、設営は極めて簡素である。「情報センター」と「関係性の美学」の関係性。奥の階段の壁に貼ってあった『山谷から』という山谷の日雇い労働者の闘争記録は破格に面白かった。手書きの文字によるレイアウトがかわいい。山谷は台東区荒川区にまたがるドヤ街である。オリンピック招致による立ち退きに抵抗している。寿町はバックパッカーを呼び始めて、釜ヶ崎には釜ヶ崎芸術学校がある。山谷はどんなところなのだろうか。近いうちに行ってみたい。

階段を登るとシエラの移民にお金を払って金髪にしてもらう作品。相当おもしろい風景である。肌の色が様々な(黒人も多いが、白人もいる)移民たちが美容院のマントを着させられて頭に脱色剤を塗ったままおしゃべりしたり、タバコを吸ったりしている。美容師たちはこんな仕事やっと事ないであろう、相当数の移民を前に大慌てでそこら中の頭に刷毛のようなもので脱色剤を塗りたくっている。集団的な金髪というイメージの力の前に、このプロセス自体が、なんだこれ感満載でおもしろい。

 

20162.8.21追記:関係性の美学では、作品のことを「プラットフォーム」と言っているらしい