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2016.10.13

一昨日、シネマリンで『チリの闘い』を見た。すごい映画だった。先日さいたまトリエンナーレで見た小沢剛の作品の中で、かつてフィリピンではアメリカが作ろうとした原発住民運動によって阻止したということを知って、そのこととチリの民衆による、人民力の組織化がリンクした。フィリピンもずっと独裁政権のようだし。

何がすごいのかと考えて、この映画は記録映画なのだが、そこに移る民衆が映画を超えて革命的なことだと思った。「革命的な」劇映画というのは、エイゼンシュテインを代表に、モンタージュによって、つまり、その映画の力によって革命的な民衆を再組織化しようとする。しかし、『チリの闘い』では、人民によって映画が作られる。映画の推進力が被写体そのものにある。これはドキュメンタリー映画として、間違いなく優れていることだと思った。


今日は、国立近美のトーマス・ルフ展と、山本現代Welcome to the A W E S O M E M A N S I O Nを見てきた。


ルフ展は、おもしろかった。とにかく展示内にテキストが少ないのがいい。ルフ自身が、イメージについて考えるときに、言葉の介在をなるべく抹消しようとしているように思った。イメージによってイメージを考えようとしている。それは最新作に顕著で、文字の形さえも一つのイメージとして、新聞写真に重ね合わされてしまう。中平卓馬と正反対だな、と思った。


山本現代は、品川のはずれの物流センターの上にある。入口は業務用エレベーターである。

小林耕平の映像作品を見た。部屋の中で、様々なものに囲まれてパフォーマンスしている。足元はシーソーのようなバランスゲームになっていて、不安定である。小林の発言も途切れ途切れの不安定なものであり(パフォーマンスは違いを含みながら2度、繰り返される)、この人はバラバラなことをどうやってバラバラなまま行為できるのだろう、ということを考えたいるのだと思った。

宇治野宗輝という作家のサウンドインスタレーションがものすごく楽しかった。ラジオやミキサーなどの家電、車のワイパーや電動ドリル、などのものをギターにくくりつけ、それらがランダムに演奏する。その様子はゴープロで接写で撮影され、リアルタイムでプロジェクションされる。このプロジェクションは演奏と連動してリズミカルなものになっている。音はヘッドフォンを使って聞く。これが重要で、この手のものはその場で音が生成するままほっとかれるインスタレーションが多いような気がするが、この作品の場合、ヘッドフォンによって一つに重なり合った演奏が、ものすごく格好いい。